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日本における人体研究

日本伝統の古流武術は流派が発生してきた時期以前から、的確に敵を倒すために人体の構造や生理に関する研究が多くなされてきました。    

その理論的なバックボーンとしたのが当時の医学である、漢方医学です。漢方医学は、平安時代にすでに「華陀の術」として日本に伝来していました。    

杉田玄白によって、オランダの解剖学書であるターヘルアナトミア(ドイツ人クルムスの簡易解剖書「解剖図譜」をオランダ人ヘラルド・ディクテンがオランダ語に訳し、1734年にアムステルダムで出版したもの。1771年(明和8)に江戸小塚原(こづかっぱら)で死刑囚の解剖にたちあい、オランダ語の解剖書「ターヘル・アナトミア」付図の正確なことを確認。すぐに前野らと翻訳を開始、3年後に「解体新書」として刊行した)が紹介される江戸時代まで、日本の漢方医学は内臓の形や位置をはっきりと把握していなかったとの論もありますが、それは大きな間違いです。    

戦場で相手を的確に倒すためには、人体における構造を理解するのは必要不可欠だからです。しかも、人体解剖など、戦場で刀で斬り合いをし、斬首や切腹の伝統のあるこの国で、内臓を目にする機会はたくさんあったはずです。    

漢方医学をベースとした制敵技術は、経絡と経穴という漢方医学独自の理論によって構成されていきました。経穴を急所としてのポイントとしてとらえた死穴、痲穴、また、経絡を身体操法の原理とした技術が研究した流派もあるのです。     

さらに、これらの技術を日本の古流武術は、すべての流派とは言えませんが制敵用の理論を救急処置である活法などを含む医術にまで高めていったのです。はっきりと伝書に体系として現れる例でも、文政年間に確認することが出来ます。    

ただ、漢方医学理論は、そのすべてを現代医学によって説明できるわけではなく、その漢方医学をベースとした古流に伝わる、たいそうな秘伝と言われる技も、臨床実験などを経ていませんから、すべて実用可能というわけでもないのも事実です。  

当時は、理屈が多ければ多いほど高度で質の高いものとらえられていたとも考えられます。これは、中国拳法の内家拳と呼ばれる武術にしても、机上の空論的な技が存在しますので、どこの国でも事情は同じかも知れません。  

玄流で教授される医術の体系は、これら伝統武術の漢方理論をベースに現代医学の神経学、運動学を応用して科学的に矛楯の無いように研究構成されたものです。